徒然に。
最近の私事。春のせいか女の子の日のせいか眠くてだらだらと過ごすなか、発作もおこったりして私の体の中と精神的な部分がうごめいている。
寝ぼけ眼に起きた時私はまだ目を開けない。そこから夢の続きを妄想している。それが結構楽しいというか心地いいのである。旧友や先生がでてきたりして、自分で語り部のように夢の続きを妄想する。ここの部屋には誰がいて、隣には誰がいて、今日は桜が満開で散り始めている桜の花びらに思いを馳せながら語っていた。軽く1時間はこの妄想タイム、まどろみタイムを楽しんでいる。
最近は夫の休みには出かけていたことが多くて次の日は疲れて寝てしまっていることが多い。やはり出かけることはまだ私の中でエネルギーを要するようだ。楽しいんだけれども人の並を見ると胃がキュッとなるような気分になる。お薬ものんでるんだし夫と手を繋いで安心感を得ようとしている。
どこか私はせっかちなところがあるらしい。というかさっさと済ませたいんだと思う。夫の場合はゆったり焦らなくていいじゃないスタンスなので、私はなんだかソワソワしながらついて行く。行ったら行ったで楽しめるのだが、"帰りたい"が頭のどこかにあるのだ。
ここ1ヶ月くらいよく泣きお薬に頼りがちな日々を送っていると余計にそうなってしまう。自分でもらそんな自分がもどかしい。"普通"になりたいのだ。このことについては夫とも話をした。私が思っている普通がどんなものかわからないけれど、7年前付き合いだした時なんかコンビニにも行けないところから、電車にのっておめかしして一緒に出かけられることってすごい進歩じゃない?とーこの普通でいいんだよ、誰かと比べなくていいし焦らなくていい。と言ってくれた。私はそれをまた涙しながから聞いて確かにとは思っていたんたが、要するに出来ることが増えた。から、欲が出て普通の人のようになりたい。もっとこうしたい、気持ちも余裕を持ちたいと思ってしまうのかと結論だてた。
パニック障害になって、良くなった時期は働いていたけれど最初になったのは高校2年生の時からだから私が33になるので早15年くらい患っている。パニック障害以外にも色々な症状があり高校2年生から通っている心療内科の先生にも君は精神疾患の標本のような人だなと言われてしまう程色々なものと戦ってきた。ここまで言われると、私の精神的部分はどないなっとんねんとツッコミたい。
そんな精神疾患の標本のような私を支えてくれている夫や一緒に住んでいる両親には本当に感謝している。特に夫がいなければ今の私はいない。物が食べられるようになったのも、外に出かけられるようになったのも、電車に乗れるようになったのも、全て夫の支えがあってこそである。付き合って7年、結婚して3年半あまり経つが日が経つにつれて夫への執着心が強くなっている。おんぶに抱っこの騒ぎではないくらい重くのしかかっている。夫にそれを言うと"普通"と返してくる。精神疾患異常が多々ある私の事を私が望んでいる"普通"と思ってくれているのだ。それがとーこの普通でしょ?問題ないよ。それを支えたくて結婚したんだと言ってくれる。本当に私にはもったいないくらい、いや私にだからそんな事を言ってくれるのかもしれないが嬉しい気持ちでいっぱいになる。母には捨てられんようにしっかりしなあかんで!とよく言われる。確かに捨てられたら生きていけないだろう。
いつも今ありのままを抱きしめてくれる夫に感謝しながら毎日笑顔を交わせる日々を過ごしたいと思う。
最近の事を書いた文脈から結果夫の話になってしまった。それくらい私の中のキャパシティが夫でいっぱいなのだ。
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